last updated 1997/06/06
第22話(全130話)
エルモの森(1/2)
3 エルモの森
ピートが迷い込んだ森には重たい霧が立ちこめていた。天を衝くような落葉樹が、見事な色
に葉を染めて、頭上はさながら十二色のクレヨンをばらまいたかのようだ。
ピートは妖精の姿を捜していた。
といっても何も捕まえて見せ物に売ろうだなんて考えてるわけじゃない。そんなことを考え
る心のゆとりは、ピートにはまったくなかった。妖精には過去や未来を見通す力がある。ピー
トはマリイアの童話にそう記されていたのを思い出していたのだった。
もし本当に妖精がいるのなら、いまのぼくほどその力を必要としている者はいないはずだ。
ピートはそう思った。魔法はそれを心から欲している者のためにだけ存在する。これもマリ
イアの童話の一説だ。マリイアの童話を、たとえば聖書よりもずっと心のより所としてたいせ
つにしてきたピートは、ことあるごとに母の綴った文章を思い起こし、口の中でそれを暗唱し
、そして右へ進むか左にするかといった選択の基準にしていた。
ぼくはいまどこにいるのか。妖精ならきっとそれを教えてくれる。ピートはそう信じ、そし
てあの、森へと消えた妖精の一群を必死に捜し求めていた。
どうしてぼくはこんな鉄の鎧の中に押し込まれちゃったんだろう。誰がこんなひどい悪戯を
仕組んだの? ライカーたちだろうか? あの学校一の悪タレたちが、川岸でノビてるぼくを
発見して、最高の悪戯を企んだってことなんだろうか?
ピートはライカーたちのヒソヒソ話が聞こえやしないかと耳をすまし、葉のすれ合うかすか
な気配を感じると、ジッと身を固くしてライカーたちの襲撃に備えたりした。けれどすぐに、
それがとんでもなく馬鹿なことだと悟る。もしライカーたちの悪ふざけだったとしても、彼ら
に風景を丸ごと作り替える、なんて芸当が出来るわけはない。童話なんて子供っぽいと、いつ
もピートをからかっている連中に、こんなにも豊かなイマジネーションを必要とする風景を作
れるはずがない。それにあの妖精たちをライカーたちはどうやって作り出したって言うんだ?
ピアノ線で吊ってる? 何百も? まさか。あれは作り物じゃなかった。あのちいさな生き
物たちの、その肌のぬくもりをぼくはちゃんと感じたんだ。
ライカーたちの悪戯じゃない。
ではいったいこの状況は、どういう状況なんだろう。
考えてみる。
懸命にあらゆる可能性を探ってみる。
その結果、ピートはやはり妖精たちに問いかけてみるよりほかに、質問への答えをみつける
ことはできないと思った。
重くまとわりつくようなミルク色の霧の中を進むピートは、ようやく捜していたものをみつ
けた。
妖精たちはこんもり繁った完全なる球体の茂みの上に集まっていた。集会でも開いているの
か、さっきよりもまた一段と数が増えているようだ。もはや百の単位ではなく、それは千か万
の単位で大集合していた。ピートは妖精たちが驚いたり怯えたりしないように、そっと慎重に
近づいて行く。こんもりしたモスクリーンの茂みの上に集まっていたそれは、それぞれが色と
りどりに淡く発光していて、さながらクリスマスツリーのように美しかった。ミルク色の霧に
光が滲んで反射し、そこだけ周りよりも暖かそうに見えた。思わずフラリと歩み寄り、その暖
かな光に甘えてみたい欲求にかられる。知らずピートは笑顔を浮かべていた。疲れて混乱した
心を、やさしく癒してくれそうな淡い光に、ピートはうっとりとなっていた。たいせつな質問
のあるなしに関わらず、ピートはただ本当に本物の妖精を間近に目撃していることに、心が震
えるほど感動していた。
こんな光景を目にして、それでもこの世に不思議などないと言い放つことができる人なんて
いるわけない。これこそファンタジー。これこそ童話。ぼくはいつも夢見ていた空想の中に生
きてるんだ。
ピートはそう思った。
妖精が息づく幻想の森。絵本でしか見たことのない森。
そんなのくだらない幼稚な戯言だと鼻で笑っていたライカーたちだって、きっと思わず涙ぐ
んでしまうほどの、それは不思議な甘さに満ちた現実だった。
これでこんな不恰好な鎧に閉じ込められてるんでなかったら、どんなにいいだろう。この幸
せをもっと直に、肌で感じられたら、どんなにか素敵だろう。
ピートは妖精たちのすぐ近くに歩み寄っていた。妖精たちは自分たちの議論に熱中していて
、少しもピートに気づいた様子はない。
「あの・・」
意を決したピートがおずおず声をかけると、妖精たちのお喋りがピタッと途絶え、何千とい
うちいさな顔が一斉に少年を見上げた。同時に周囲をやわらかく染めていた淡い光が消え、辺
りは周りよりも一段と深い闇に支配された。
(つづく)
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